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「仕事がないから都会へ行け」という親の本心は……。地域複業は子どもと地元をつなぐ「未来への投資」だった

地方でNPO法人を運営しながら、サイボウズで副(複)業している竹内義晴が、実践者の目線で語る「長くはたらく、地方で」。今回のテーマは「都市部人材の、地方における複業」について。

東京一極集中の緩和や地方創生、地方企業の人材確保の手段として、また、都市部人材のキャリアアップや、経験豊富な人材が次に活躍する場として、都市部人材と地方企業をマッチングする「地域複業」の取り組みが地方自治体で盛んだ。

しかし、実際に取り組んでみたら、地域複業は単なる「人材マッチングではない」ことに気が付いた。地域と子どもたちへの「未来に対する投資」だったのだ。

※この記事は、サイボウズ式特集「長くはたらく、地方で」の連載記事として2022年1月27日に公開されたものです。


わたしは2018年に、サイボウズ式で地方移住はハードルが高い。都心で働く人には「地方複業」がベストではないかという記事を書いた。「地方の企業に、都市部の人が複業できる仕組みをつくれば、仕事を通じて、人が行き来する機会ができるのでは?」という提案だ。

このアイデアが浮かんだのは、新潟を軸に、普段はリモートで、月に1回東京のオフィスに出勤していたわたしの働き方にある。「もし、ボクの逆の働き方ができたら、人材不足に悩む地域の企業にとっても、いままでの経験で、地元や地域に貢献したいと思っている都市部の人にもよいのではないか?」と思ったのだ。

そこで、個人的にできるいくつかの取り組みをしてきた結果、2021年4月から、地元、新潟県妙高市の業務委託を受けて、地域の企業と、複業したい都市部人材をマッチングする仕組みづくりに取り組んでいる。

実際に取り組んでみて、さまざまな壁に直面している。都市部に比べて、地方では「複業」という概念がまだ浸透していない。また、マネタイズも課題だ。理想に対して、想いを実現するのはなかなか難しい。

一方で、とても大きな気づきがあった。それは、地域複業は、単なる人材マッチングではなく、地域と子どもたちへの「未来に対する投資」である、ということだ。

「パパ、ワタシ、この家を出ていくんだよ」

「パパ、ワタシ、あと数か月でこの家を出ていくんだよ」

これは先日、高校3年生になる娘が、わたしに言った言葉である。

前出のように、わたしは新潟県の中山間地に住んでいる。娘の通学圏内に大学がないわけではないが、娘が行きたい学校は、通学圏内の大学ではないらしい。

一昔前と比べて、リモートで受講できる大学も出てきているから、親としては、「家を離れなくても、学ぶ方法はあるんじゃない?」という淡い期待を寄せてしまう。だが、現時点では、リモートの選択肢はまだまだ非現実的だ。娘が家を離れるのは決定事項である。

「子どもが家を離れる」──いずれこの日が来ることを、わたしは彼女が生まれたときから知っていた。だが、いざその日が来ると思うと、なんとも寂しいものである。

「地元を捨てる覚悟で」──家を出る子どもの気持ち

「家を出る」といえば、わたしにも経験がある。中学を卒業した15歳の春のことだ。

わたしは幼いころから機械が好きで、「将来は自動車整備士になりたい!」と、進路は地元の工業高校と決めていた。だがある日、中学校にあった、自動車会社が運営する企業内高校の入学案内が目に入った。企業内高校とは、かつて数多く存在した、企業が運営する高等学校の一形態である。

「この高校に行けば、自動車会社に入れる!」――わたしの胸は高鳴った。「家を出るのはまだ早い」と反対する親を説得して、当時、神奈川県横浜市にあった日産自動車の企業内高校を受験。無事、合格することができた。

合格したということは、新潟の家を離れることを意味する。15歳の中学生に「実家を捨てる」「地元を捨てる」ほどの覚悟感があったかは覚えていない。でも、「もう、新潟に住むことはないだろうな」という気持ちがあったことは間違いない。そして、卒業式を終えたある晴れた日、東京に向かう電車に乗ったのである。

もし、あなたにも、地元を離れた経験があるなら、こんな覚悟感を抱いたことがあるのではないだろうか

「田舎に仕事はないから」――子どもを送り出す親の気持ち

子どもを送り出すのは、親にとっても覚悟がいる。「もう、家には帰ってこないのだろうな」みたいな

きっと、地方在住の親御さんにはご賛同いただけると思うが、子どもが高校を卒業して、大学に入学したら、多くの場合、地元に帰ってくることはほとんどない。

大学を卒業したら、大学近くか、都会の会社に就職する。都会のほうがさまざまな選択肢があるし、せっかくなら「望む会社に入りたい」と思うのが普通だろう。

そして、会社に入ったら、はい、それまで。よっぽどの理由が生じない限り、地元に帰ってくることは、まずない。もちろん、中にはUターンしてくる人もいるが、その数はごく一部に限られる。ましてや、パートナーがいたり、子どもができたりしたらなおさらだ。

また、親のほうも、本心は「本当は近くにいてくれたらうれしいのにな」と思っているのに、「子どもには、やりたいことをさせてあげたい」という想いから、「こんな田舎にいたって仕事なんかないし、やりたいことなどできないから、都会に行きなさい」なんて、つい、言ってしまう。

そして、寂しい気持ちを押し殺して、「もう、二度とここには戻って来ないだろうな」という覚悟で、子どもを都会へと送り出すのである。

そう、これまでの進学は、子どもにとっても、親にとっても「片道切符」だったのだ。

地方の持続可能性と子どもの未来──人口減少社会の中で

少子高齢化により人口減少が進む中、東京近郊に人口が集中し、地方は衰退の一途をたどっている。

わたしが住んでいる、新潟の小さな集落も例外ではない。十数年前はたくさんいた子どもたちも、いまは10本の指で足りるぐらいだ。地域住民で行っていた祭りも、「いつまでできるのだろう?」と想像する。あと10年、できるだろうか?

だからといって、未来を描く子どもたちに「地域に残れ」というのは酷な話だ。なんてったって、彼らはまだ若い。都会へのあこがれもあるだろうし、おしゃれな街で遊びもしたいだろう。地元にはない学びや仕事の機会もあるだろう。

また、親元を離れて「社会に出る」という経験も、人を大きく成長させる。

地域を維持することも大切だが、子どもたちの未来もある。そのはざまで、わたしたち地方の大人には、一体何ができるのか? 地域の持続可能性を高めるためには、どうすればよいのだろうか?

地域複業は、地域と子どもたちの「未来に対する投資」

地域複業の話に戻ろう。

地域複業について、わたしはこれまで「地域の企業と、都市部の人材をマッチングすればいいんでしょ?」ぐらいに、比較的単純にとらえていた。「そうすれば、都市部の人が地域を行き来してくれるから、観光や移住ではない、新たな人の流れをつくることができるじゃん。関係人口ができるじゃん。地域が活性化するじゃん」と。

でも、「娘が家を離れる」という、一人の親の立場が立ち現れたとき、わたしの気持ちは少し変化を見せ始めている。「地域複業というのは、ひょっとしたら、地域の企業と、都市部人材との、”単なるマッチング”ではなく、地元出身の子どもたちと、”仕事を通じた関係性をつくる手段”なのではないか」と。

かつてのわたしが、そして、きっとあなたもそうだったように、地域を離れた子どもたちは、社会に出た1年後、3年後、あるいは、ある程度経験を積んで「わたしの人生、このままでいいのかな?」と感じたとき、地元が恋しくなる時が来る。また、10年後、20年後の将来を考えたとき、親のことが心配になることもある。

そして、思うのだ。「地元に帰ろうかな」と。

だけど、いきなり会社を辞めて、地元に帰るのは難しい。なぜなら、仕事があるのかもわからない状態で、移住することはできないからだ。ハッキリ言おう。かつてわたしもUターンしたけれど、移住やUターンって、言うほど簡単じゃないよ。

そこで、進学などの理由で地域を離れた人たちが、地元に何かしらの想いを馳せたとき、複業のような働き方で、週に1日~2日、地元の企業で働くことができたらどうだろう? そうすれば、仕事を通じた地域との関係を、少しずつ築くことができる

もちろん、複業にはある程度の経験値が必要だから、ひょっとしたら、最初から複業はできないかもしれない。でももし、複業のような形を目指すことができる、コミュニティが地域側にあったとしたら? そういった働き方ができることを、その関係が築けることを、若いころに知っていたとしたら?

一度、社会に羽ばたいた子どもたちが、近い将来、複業のような働き方を通じて、少しずつ、地域との関係を取り戻す機会になるかもしれない。そして、地域を行き来する中で「これなら、移住できるかも」と思えたとき、ひょっとしたら移住につながるかもしれない。

つまり、地域複業は単なる「人材マッチング」ではなかったのだ。若い地元出身者との接点をつくる機会であり、少しずつ関係を構築しながら、Uターンにつなげる移住施策だったのだ。地域の企業にとっても、地元出身者と出会う機会にもなる。

地域複業を「地域の企業と都市部人材をマッチングして、マネタイズして……」といったビジネスライクに捉えるのではなく、地域の持続可能性を高める行政施策であると再定義すると、地域と、地元の子どもたちとの関係を構築するために、継続的に取り組むべき「未来に対する投資」であることがお分かりいただけるだろうか。

日本全体で取り組めば、人口減少という、日本社会が抱える課題を解決する一助になるかもしれない。

「人の奪い合い」はしたくない

また、この仕組みだと「人の奪い合い」にはならなくていいなと思っている。

以前、都市部の人に、地域複業の話をしたとき、こういわれたことがある。「そうやって、地方はまた、都市部の人材を引きはがすのですか?」――そんなつもりは一切なかったため、正直、わたしはドキッとした。

でも、その気持ちもなんとなく分かる。わたしも、「マーケティングがうまい地域にだけ、人が集まる」みたいな、人の奪い合いの構図は、なんとなく苦手だ。

だけど、元々いた地域に、元々いた人たちが戻るのは、人の奪い合いとは違う。

老若男女、地元に想いを馳せている人たちがたくさんいる。そういった人たちが、複業のような形で、地元と接点を作ることはできないものか。都市部で積んださまざまな経験を、地域にフィードバックできないものか

そして、その延長上に、地域内外関わらず、誰かが勝手に作った境界線など関係なしに、多様な人たちとの「仕事を通じた交流」があること。それが実現できれば、どこかに集中していた人口を、フラットに……まではできないかもしれないが、少なからず、いまよりもよくはなるのではないか。

そのために、時間や場所の制約がなく仕事ができるテレワークがあるんじゃないのか?

それが、本当の「地域複業」のような感じがする。

若い世代が、安心して社会に羽ばたける仕組みをつくる

先日、地元の高校から「地域課題学習のススメ」というテーマで講演を依頼された。現在の地域課題や、複業の話、これからのキャリアや働き方についての話をしたのち、最後に、高校生に向かって、わたしはこんな話をした。

「君たちもいずれ、高校を卒業して、地元を離れるときが来るでしょう。でも、地元を離れて数年たった時、いずれ、地元のことが恋しくなる日が来ます。そのときに、何らかの関わりが持てる仕組みを、おじさんが作っておいてあげるから、安心して社会に羽ばたいていいよ」

ただ、現時点では、その仕組みは何も実現はしておらず、毎日悩み倒しているだけなのだけれど(笑)

でも、こういった仕組みの実現に向けて、わたしはもう少し動いてみたい。何ができるか分からないけれど、できることからはじめてみたい。若い世代が「地元と関わりたい」と思ったときに、想いを馳せたときに、関われる仕組みが必要だと思うから。

そうすれば、子どもだって、親だって、「地元を捨てる覚悟」で家を出なくても、本当の気持ちを押し殺さなくても、安心して羽ばたき、送り出せるのではないかな、と思う。そして、地域の企業にとっても、地域にとってもよいような気がする。

わたしが夢見ているのは、そんな未来である。

※この記事は、サイボウズ式特集「長くはたらく、地方で」の連載記事として2022年1月27日に公開されたものです。

イラスト:マツナガエイコ

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